メイド イン JAPANの底力!!
2025.08.22
1950年後半、セイコーはスイスの時計産業に追いつくことを目標に時計製造システムの一層の高度化と製品ラインの整備が行われ、国際市場でスイスと競合し得る充実した製品の開発に向けてチャレンジが始まりました。
それに先立ち、1948年に当時の商工省が開始した「国際時計品質比較審査会(通称・時計コンクール)」へ出品しました。
このコンクールは国産時計の品質向上を目的に、スイス天文台コンクールを参考とした精度試験をおこなうものでした。
当初は、厳しい結果でしたが、回を重ねるごとに品質が向上し、1956年発売のマーベルに至っては、上記の製造システムの高度化もあり、国内では敵なしというところまで成長しました。
次のステップとして目標となったのが、世界的に権威のあるスイス天文台クロノメーター・コンクールです。日本の時計メーカーとして初めて、ヌーシャテルの天文台コンクールに1964年に、第二精工舎(現セイコーインスツル株式会と諏訪精工舎(現セイコーエプソン株式会社)が、機械式腕時計部門に参加し、そしてそのわずか3年後にはトップを狙う状況にまで技術を高めました。
しかし、その後セイコーが上位を独占するのが続き天文台コンクールは中止となりました。
その当時の先人達の開発努力や技術を現在も継承し針やネジ一本から磨き込み、唯一無二のムーブメントを世に送り出し、グランドセイコーを柱とし国内だけでなく世界の時計ブランドとして躍進しています。